2006年8月 8日 (火)

ブログの引っ越し

ブログを引っ越しました

http://sorax.air-nifty.com/

です。

今後はこちらをご覧下さい

|

2006年8月 2日 (水)

.

.

|

2006年5月11日 (木)

どうしようもなく自然の一部

Tutj306 庭に出ると花が次々に咲く。5種類くらいあるツツジがそろそろ終わりにさしかかる。コデマリがふくらむ。
庭の片隅ではスズランが次第に領地を広げ、花で主張している
エビネもまもなく、西洋シャクナゲもちらほら。ジャスミンも咲いる。

でも、本当は、この間 健康の森 の入り口から抜いてきたニセカントウタンポポらしいタンポポの花が咲くのが待ち遠しい。
造成した所に咲いていたのだけれども、他にも見慣れぬスミレなんかもあり造成で植物は拡散している。どこからの土だろうか。

人間が繁殖を助けている、人間の存在そのものがどうしようもなく自然の一部なのだから、これも自然の営みなのだろう。飛行機が飛べるのもクルマが走れるのも全てが自然の賜物といえるのだから。

逃げられない。

| | コメント (0)

2006年5月 3日 (水)

早起きは三文以上得

Dsc03639_1  夜明け頃から鳥の録音で野外に出ていると一日が長い。先日も早起きして五葉平上の三重岩あたりにいって、さんざんキビタキやオオルリの声を浴びたあと、マガンが出たという東電池に寄って(マガン不在)戦場ヶ原まで行ってアオジの声と姿をゆっくり見て、Dsc03640家に戻って昼食。一休みしてから那須の青木邸を見に行って、帰ってきて もまだまだ明るい。少々疲れはするが早起きは三文以上得する。
この時期は標高を上げていけば桜前線がまだ直ぐそこにあり、2ヶ月分位の季節の変化も手近に楽しめる。

それにしても、また行かなかった春山スキー、また登らなかった山、描かれなかった絵、読めなかった本 手にしている時間が足りない。

| | コメント (0)

2006年4月23日 (日)

現代資本主義のお手本

Lay ホリエモン事件はやや冷めてきたが、海の向こうではエンロン事件の裁判が進行中で、次々に事件で有名な登場人物が証言している。
ホリエモン事件とエンロン事件とは、やり口は似ているが、エンロンは遙かに深い。一時はエンロンには米国の最も優秀なMBA卒業生が毎年集まり、新たなビジネスを次々に創造していた。経済界でもその先進的な経営手法が大きく評価され、ケネス・レイ(写真)率いる経営陣は連続して賞をもらっていた。エンロンの株は有望で将来性があるとして多くの年金運用機関のような機関投資家がエンロンの株を買った。ところがエンロンは非常に巧妙に業績を粉飾していた。思うに会計手法で利益を少々変えられるというのは、引当金をどのくらいとるか、といったところから誰でも考えることだと思う。エンロンはバーチャルな取引の中で粉飾していた。
また、自社の株価を巧みに上げこれを資源とする経営手法をとっていた、ここのところはホリエモンと全く同じで、恐らくホリエモンが真似したと思われる。
バーチャルな取引に違和感を感じるのは事実だが、資本主義では利益を上げるためなら勿論バーチャルな取引手法は是認される。信用をいかに増やし、この信用をいかに現金に換えていくか、まだ値段が付けられないデリバティブのような取引にどうやって正当そうな値をつけるか(オプション価格の妥当な計算法を導いた人はノーベル経済賞をもらったし、自分でももうけている)、こういったことは価値あることとして認められている。更に、エンロンは規制緩和という一見先進的概念で政治家を動かし(或いは深く繋がり)固まっている業界を破壊しもっぱら自らの利益をはかった。エンロン事件を追っかけていくと日本での規制緩和を唱える人にも疑いの目を向けたくなる、本当は誰の利益のために唱えているのか。
バーチャルなことを利用して伸びているのが現代資本主義で、これに代わるシステムを人類は案出できないでいる。マスコミはホリエモンを叩き、お茶の間正義主義がはびこる。ルール内なら何をやっても良い、というのが基本的に自由主義経済ではないのか、たとえそれがルールの隙間をついていたにせよ。。

エンロン事件の異様さとそれが現代資本主義のお手本とされる経営から生じていることが、今日ただいまの社会の歪んだ立体構造の核心をついている。ホリエモン事件はそこにつながりを感じさせる点で、ひっかかりつづける事件のように思う。

いまだ問題が正面から捉えられていない。

再び思ってしまう、どこへ向かって流れているのか、行き着く先はどこなのだろうか。

| | コメント (0)

2006年3月31日 (金)

不吉な電話

Fe06032615_1 日光の裏山歩きから戻る途中、不吉な電話が鳴った。

父が旅立った。
駆けつけねば。

ふるさとは桜が咲き始めた頃だった。今年は桜が少し早い。

長い病床ですでに存在はないも同然だと思っていたがそうではなかった。
ともに引き込まれるような落下感。

春雷が家を揺らした。ばらばらと落ちかかる雨。

| | コメント (0)

2006年3月23日 (木)

白梅

Ume2006 庭の白梅が咲いてきた。

ハクレンも蕾がかなり膨らんでいる。今年は咲き始めるとあれもこれも一斉に開きそうだ。

なんだかけだるい春にいつのまにかつかってしまっている。

もう4月か。。。。。

| | コメント (0)

2006年3月20日 (月)

彩雲

Photo_4 彩雲を初めて見た。今日の1時前くらい、太陽を隠すような層積雲が出ていて、ここから太陽が出かかるころ、雲が緑や青や茶色っぽくなった。結構綺麗な色が出る。太陽が近いのであまり見ていると目がつぶれそうになる。(画像はうまく撮れなかったのでWikipediaより引用)

彩雲というと、これまで艦上偵察機の名前、としか意識していなくて、そういえば、これは光学現象だ、と改めて認識したのは このところ気象のMLに彩雲を見た、と情報が流されていたのがきっかけだ。そのつもりで空を見上げるようになって程なく見つけることが出来た。要するに見れていたのに、ただ見ていなかっただけにすぎない。最近こんなことが多い。

Photo_3偵察機の彩雲は排気タービン付き高速機として有名で昭和18年5月に試作機が完成して終戦までに愛知県半田で400機位作られた。空力的にも優れていたといわれる。

近頃昭和と平成を読み替えると太平洋戦争中の時間の流れを追体験できることに気がついて、昭和18年(すなわち今年、平成18年)という時が身近に感じられる。18年4月には山本五十六がブーゲンビルで戦死、20年8月までよく戦争が続いたものだ、確かに長い戦争だ。白黒の重苦しいイメージがする。

重苦しい時代に 彩雲 というあでやかなカラフルな名前を与えた感覚に、何か人間的なものを感じてしまう。

空は63年たっても同じ空だ。

昼休みの小さな発見から時空が広がっていくのも不思議な気がしてきた。

| | コメント (0)

2006年3月18日 (土)

結果無価値

Photo_2 法律の話しその2。刑法。刑法も読んでいくと、これは、ということに出くわす。

2条、すべてのものの国外犯、というのがあって、つまり世界中の人に適用になる、適用が限定されているが、81条 外患誘致罪、すなわち、外国に日本を攻撃させたものは死刑(のみ)、も適用ということになっている。殆ど防衛戦争、すざましい状況が思い及ぶ。

38条、罪を犯す意志がない行為は罰しない、とある。ここまで意志に重きを置いているのであれば、言い方一つで罪になったりならなかったりしそう。本当は内心思っていてもそういわなければ罪にならない、ということにもなってしまうが、逆には、そういわせれば罰することもできる。使い方が難しい。

法律用語にも普通には理解しがたいものがあり、例えば、結果無価値、行為無価値論。別に結果に価値がないというのでなく結果がよくない、違法、といった意味で、ドイツ語の直訳かららしく変な感じがする。でも現在の主流は行為無価値論、つまり違法な行為というのが違法の本質、というのだけれども、被害者にとって見れば結果の方が問題のように思う。社会的に罰するとなると、行為の方が問題、ということになのか。

刑法さんは、どう思って何のつもりでこんな違法をするのか、に目がいっている感じがする。社会システム維持のためにはしかたがないんですよ、と声がするみたい。憲法さんみたいに偉ぶっていないけれど、グチが多い様な気がする。

昔観た つかこうへいの熱海殺人事件 刑事がグチりながら、ただのつまらない事件ではだめでストーリーが大事なんだ なんていうのもそれなりのリアリティがあったのか 。

| | コメント (0)

2006年3月14日 (火)

意図的誤審

Photo_1 WBCの日米戦で審判明らかな誤審、意図的と思われる誤審があり、アメリカもこんなことまでやらないと勝てないのか、弱くなったものだ、と思うと同時に、戦前のチルデンの逸話を思い出した。テニスの話である。

以前ラジオで聴いた記憶を頼りにnetで探してみたら繋がってきた。

1921年のデビスカップ杯で、当時の最高峰の選手であったチルデンが日本の小柄な清水に追いつめられ、最後の清水のサーブがチルデンを破った、と誰Zenzom111 もが思った瞬間、審判がレット(ネットに触れた)と判定した、清水はこれに愕然とし、今までの勢いがみるみるなくなりついに敗北した、という話である。ところが戦後になり、当の審判が、この時チルデンが東洋人に敗れさるのをくい止めるのは自分しかないと思い意図的に誤審した、と告白した、更にこの一戦に、西洋人の東洋人に対する壁を感じた雰囲気がその後の戦争への導火線となっていった、というのである。出来過ぎた話しで、創作という話しもあるが、なんとなく、時代の空気を動かすのはそんなことかもしれない、と思ってしまう。

今回の誤審はこんな大げさな話ではないが、偏狭なアメリカ人の原感覚を見て、なにか哀れみを感じてしまった。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧