2006年8月 2日 (水)

DNAに刻む

簾に蝉がとまっている。やっと梅雨が明けた。

Jet06080 このところの不順は北極周りの冷たい気団が日本付近で南にでっぱって来て、南の暖気との境界に現れるジェット気流がなんと北風になったりして少々奇妙な配置となっていることにあるようだ。日本の東の海域は例年より温度が低く、オホーツク高気圧もまだ元気がいい。まあこの位は大したことではない。1万2千年位前から現代に至る温暖で落ち着いた気候の前は、短いサイクルで激しく気温が上下する時代が続いていたらしい、グリーンランドの11万年もの間積み重なった氷の層の解読結果をみると、現在の穏やかな気候が有り難く思えてくる。そろそろ終わりがくるサイクルにCO2の人為的急増が重なってきているみたいだ。確かに感じは良くない。

Akchi 週末に明智平で雲の観察会があって雲を暫く見ていてふとロープウエーの下の斜面にに目をやったら白っぽい蝶がいた。双眼鏡で見るとアサギマダラだ。そのまま追っていると、小さい上昇気流をうまく捉えて、殆ど羽ばたかないで上昇を始めた。巧みにセンタリングをして上昇風のコアを外さないようにして みるみる上がっていく。あっぱれとしかいいようがない。海を越えて渡りをするのだから、羽ばたいてばかりはいられない。蝶のソアリングを初めてみた。
これは、と思って一緒にいた人に 少しばかり上気しながら話しても一向に驚きが返ってこない。自分で上昇気流を捕まえて上ったことのない人にはなかなか感じてもらえないのだろう。

ミクロな蝶の世界は雲を作る上昇気流とつながり、結局は地球規模の空気と水の循環の大きな気候の仕掛けにも はるか彼方で繋がっている。渡りをする生物は大昔の気候が信用できない時代の記憶をDNAに刻んでいるのではなかろうか。いざとなればどこへでも飛んでいく。キョクアジサシが北極と南極の間を渡る、というのも、そんな風に考えると解らなくもない。

毎年毎年 ”史上かってない気候”が続いても、そんなものなんだ、まだまだゆるい、と思うべきかもしれない。

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2006年7月29日 (土)

多様な生き物のむっとした存在感

近頃は東京の雑踏にさらされる回数も随分減った、それでも行くたびに体調がどこか崩れる。

Dsc03782 気象の講演で不思議な話を聞いた。森の中で安らぎを感じるのは木々が発散するフィトンチッドなんかのためではなく130khzまでの高周波の音にある、都会ではせいぜい20khz、里山では50khz位だが、森の中では主に水から出る音が130khzのレンジで存在しこれを皮膚が感じることが安らぎを感じる主因だ、というのである。全く初めて聞く話で、どこまで信じて良いのかとまどうが、森の中では繊細な音に満ちていることだけは確かだ。音のつやや心地よさを与えるところに高周波成分が大きく関わっていることも確かだ。

先日暑い日、近くの鶴田沼に行ってみた。里山だ。いろいろな生き物がいて、小型の青いトンボ(ハラビロトンボ?)やハグロトンボ、シオカラトンボなんかをぼんやり見ていたら、目の前でオオタカの狩りが始まった、追いかけられていた腹の白い小型の鳥がたちまち餌食となった。オオタカはつかまえたまま左手の木立の影に突っ込むように降りていってしまった。見事だ。

帰り道、ウシガエルのバリトンが響いてきた。

里山でも感じる安らぎ。

別に130khzでなくとも、多様な生き物のむっとした存在感が、混然一体となる生物共同体としての永遠にも続く命を感じさせ、なんとはなしの安らぎと心地よさを与えている様な感じもする。

でも、生き物の存在感は、ワイドレンジの音か、そうかもしれない。

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2006年7月20日 (木)

クリアストリーム事件の不条理

3874 近頃のエアバス・ボーイングの戦いはとりわけ面白くなっていたのだがここへきてエアバスが大型機A380(写真)開発という大変な荷物を背負い込んで押しつぶされそうになっていて、更に展開が劇的になってきた。全体に欧州企業の動きは人間味があって芝居臭くて面白い。今回、A380が予定より更に7ヶ月納入が遅れることに端を発してエアバスCEOは親会社EADSのCEO共々辞任においこまれた。これには、25%株主であるBAE(英)が米国寄りの姿勢を明らかにしてきて反米のエアバスの株主というのは調子悪くて抜けたがっていた、抜けるときは持ち株をEADSが引き取る約束になっていて(プットオプション)、引き取り価格切り下げの妙手としてプログラムの不調を発表して株価操作するといった雰囲気があったのだが、思わぬ方向へ走ってしまった感じがする。

この事件が起こる前には、フランス政界を揺るがしたクリアストリーム事件のニセ密告文書の作成者がEADSの副社長だった、という話があり、これがとりわけ面白い。彼は元々ドビルパン現首相と親しい関係にあり、数年前発生したエアロスパシアル(フランスの会社でEADSのもとになった会社の一つ)のオーナー会社の社主ラガーデール氏が不審な死を遂げたことに疑問を感じてロシアマフィアによる謀殺の線を追っていた、(これは真実の可能性がある)、この過程でルクセンブルグのクリアストリーム銀行の秘密口座にわいろ口座があるとの情報を(ハッカー経由で)入手し、口座利用者リストをドビルパン氏に渡した、そのリストの中にドビルパン氏の政敵で来年の大統領選挙を争うサルコジ内相の名前がいつからか加えられていて、話が際どくなってきた。更に、話が収まりかけたところで、もう一度公に出そうということか、リストを判事に密告する密告文書事件に至った。ところがこのリストが実は偽物だったというから話はややこしい。結局サルコジ氏追い落としのためにニセ文書事件を仕組んだとしてドビルパン・シラクは窮地に追い込まれてしまった。
事件の背景にはロシアマフィアの影がちらつき、そもそもリストが全くのニセなのかどうか、誰のために誰が動いているのか不可解・不条理なことに満ちており、政界と巨大企業と、闇の部分を感じて、その面白さはフィクションを越えている。


政治がらみの闇の部分の上に絢爛たる産業がのっかているのを改めて見せつけられた思いもする。

折り重なるように事件に囲まれたEADS-エアバスはビジネスでもボーイングに追いつめられていたがここで挽回とばかりに開発中の機体A350の設計を全面やりなおしして、性能・仕様を大幅にアップして今週発表、攻勢に出てきた。

さてどうなるか、みものだ。所詮ボーイング・エアバスが巨大市場を寡占している、よほどのことがない限り一方の完敗はない。

かなり泥にまみれてきたスポーティーなゲームの行き着くところを楽しみに 高みより見物といくか。

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2006年7月16日 (日)

重なり合う次元

Binzui1 週末、鶏頂山の枯木沼あたりに出かけていってみたら、この時期やたらビンズイが現れて美事な囀りを聞かせてくれた「binzui.wma」をダウンロード 。ビンズイはビンビンズイズイと鳴く、というDVDのせりふが頭に刷り込まれているせいか、ミソサザイと聞きまごうばかりの鳴き声とは思ってもいなかった。鳴いているところをまじまじと見て確かめたから、これは確かにビンズイだ。また一つ学んだ。このような出会いがなければ、この声は自分にとってはミソサザイのままで有り続けたに違いない。出会わない、というパラレルワールドに住む自分が直ぐそこにいる。

昼前の帰り道、クルマで九十九折りを下りきったあたりから土砂降りの雨にあった。ワイパーをフルにしても力不足だった。あとでアメダス雨量を調べてみたら、近くの五十里が一番多くて時間雨量6mm、感じでは50mmくらいの勢いで、すぐに道路の冠水が始まったのだから6mmとは少なすぎる。局地的豪雨とはこんなもんなんだ。遭遇した人のみがあっと驚くが、遭わない人にとっては存在しないも同然だ。

このようにして僕らは重なり合う次元を生きているように思う。

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2006年7月13日 (木)

人間世界の緊張とは隔絶して

060712 結構高い雲が出ていて時々雨が軽く降りかかる、台風の余波らしい。梅雨らしい梅雨。ヒマラヤでジェット気流が分かれたのが日本付近で合流して梅雨の雲を作ると言われているがどうみても本日現在の日本上空のジェット気流はヒマラヤの北から朝鮮半島付け根へ流れる1本で、ヒマラヤで分かれている様には流れていない(添付図)。もっともらしい説明は怪しいことが多い。ヒマラヤが無ければ日本に梅雨がない、という説明もあまり信用しない方がよさそうだ。

北朝鮮ミサイル発射以来少しばかり緊張感が高まっている。何故にあそこまでかたくななのか。もしかしたら戦前の日本の姿がそこにあるのかもしれない。日本の占領の影響がいまになって効いてきたのかもしれない。だとすれば追いつめすぎない方がいいのだろう。戦前の日本は太平洋戦争無しに住み易い国になれたのだろうか、いやな戦争による体制の崩壊がなくとも健全な国になれたのだろうか。怪しい気がする。そうすると北朝鮮の体制もいずれはポッキリ折れることは避けられないのだろう、どんな形であれ、折れるときには相当な騒ぎになる、勿論日本に影響が及ぶことは明らかだ。

人間世界の緊張とは隔絶して成層圏と対流圏の境目を地球の自転によるコリオリ力を受けてジェット気流は流れ続ける。

梅雨がもうすぐ明けそうだ。。

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2006年7月 9日 (日)

セレンディピティの存在価値

Ooji 朝早く起きたので、オオジシギを見に西那須野まで出かけた。朝5時集合というのでは誰も来ないと思いきや15人くらい集まっている。オオジシギはここらでは戦場ヶ原にしか居ないものと思っていたが、山でなくても条件さえ良ければ繁殖するようだ。以前は宇都宮にも出没したと説明してくれた。
4時に出てくるほどのものではない、と思いながら、9時までなら雨が降らないし、9時までに戻れば他の用は足せる、それにしてはちょっとした非日常、というのを期待していた。15人も集まるようではあまり非日常とはいえない、単に朝早いだけだ。それに牧場は5時から動き出している。これでは奥日光に出かけた方が良かったか、と若干の後悔もかすめる。

牧場を一巡りしてともかく予定したようにオオジシギが飛び交い木の上にとまる姿も しかと見ることが出来た。
でもそれだけだった。

セレンディピティという言葉がある。もともとは童話で、セイロンの3人の王子が旅すがら自分たちの求めていたものではないものに出会い偶然の出会いが結果として王子達に幸運をもたらした、という話からでてきたもので、偶然をうまく使って新しい道を切り開いていくことを指している。
捜し物をしていると探しているものはでてこなくて、別の面白いものがみつかり、本なんかがでてくるとつい読みふけってしまう、という良くあるあの経験に通じている。

時々セレンディピティをしかけたくなる。でも今朝のは失敗。

仕掛けてうまくいくとは限らないというのが、セレンディピティそのものの存在価値のような気もする。

雲のようにふわふわと風に任せて漂う感じとは違って、時々棹さすような感触が、偶然をもたらすのは確かなんだが。

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