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2006年7月29日 (土)

多様な生き物のむっとした存在感

近頃は東京の雑踏にさらされる回数も随分減った、それでも行くたびに体調がどこか崩れる。

Dsc03782 気象の講演で不思議な話を聞いた。森の中で安らぎを感じるのは木々が発散するフィトンチッドなんかのためではなく130khzまでの高周波の音にある、都会ではせいぜい20khz、里山では50khz位だが、森の中では主に水から出る音が130khzのレンジで存在しこれを皮膚が感じることが安らぎを感じる主因だ、というのである。全く初めて聞く話で、どこまで信じて良いのかとまどうが、森の中では繊細な音に満ちていることだけは確かだ。音のつやや心地よさを与えるところに高周波成分が大きく関わっていることも確かだ。

先日暑い日、近くの鶴田沼に行ってみた。里山だ。いろいろな生き物がいて、小型の青いトンボ(ハラビロトンボ?)やハグロトンボ、シオカラトンボなんかをぼんやり見ていたら、目の前でオオタカの狩りが始まった、追いかけられていた腹の白い小型の鳥がたちまち餌食となった。オオタカはつかまえたまま左手の木立の影に突っ込むように降りていってしまった。見事だ。

帰り道、ウシガエルのバリトンが響いてきた。

里山でも感じる安らぎ。

別に130khzでなくとも、多様な生き物のむっとした存在感が、混然一体となる生物共同体としての永遠にも続く命を感じさせ、なんとはなしの安らぎと心地よさを与えている様な感じもする。

でも、生き物の存在感は、ワイドレンジの音か、そうかもしれない。

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